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五郎沼information

五郎沼周辺は平泉藤原清衡の孫の樋爪太郎俊衡、五郎季衡兄弟の館があったといわれ、五郎が遊泳したという五郎沼や、墓碑が伝え残されています。また春は桜、夏は古代蓮、冬は白鳥を楽しむことができます。
■五郎沼周辺は平泉藤原清衡の孫の樋爪太郎俊衡、五郎季衡兄弟の館があったといわれ、五郎が遊泳したという五郎沼や、墓碑が伝え残されています。
■太郎俊衡は源頼朝に降服後、この地に安堵をゆるされ、蓮阿といい、大荘厳寺に居住し、泰衡の子秀安を育て、自分の娘、璋子を妻にさせたと伝えられています。
■付近に太郎俊衡が勧請したと伝えられる薬師神社、当国33ヶ所観音の6番札所の島の堂観音堂があります。
■文治5年(1189年)9月、源頼朝が藤原泰衡を攻めた時、太郎俊衡、五郎季衡は自分の館を焼き遁走、その時に箱清水の井戸、山吹川に黄金を投げたと伝えられます。
平泉・中尊寺には藤原氏三代、藤原清衡、基衡、秀衡の三人の遺体がミイラとなって残っています。そして、その横に泰衡の首が安置されています。その首桶の中から蓮の種子がみつかり、バイオテクノロジーで(平成6年発芽、平成10年開花)5年の歳月をかけ栽培にこぎつけました。それが平成11年中尊寺に戻され、初めて開花しました。
 
文治5年(1189年)、源頼朝が28万の兵を引き連れて、陣ヶ岡蜂神社(紫波町陣ヶ岡)に陣を敷いていました。そこへ泰衡の首が届けられました。そのあと長い間さらし首にされていましたが、その後、ひそかに祖父母たちの眠る金色堂に安置されました。

その時その箱の中に、泰衡と親戚関係にある樋爪氏の五郎沼に咲いていた蓮の花を、五郎沼ゆかりの女性が供えました。それが800年たった今蘇ったものです。
 この蓮は、平成14年5月28日に、中尊寺から株分けされ、五郎沼の地に郷里帰りしました。毎年7月中旬頃に開花し、訪れた方を楽しませてくれます。
【住所】紫波町南日詰字箱清水
JR東北本線日詰駅から1km
紫波中央駅から車で3.5km約5分
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